2023年10月5日
意外!?「ヒートアイランド現象」の本質
前半では都市の「暑さ」に着目し、「ヒートアイランド現象」というキーワードが挙がってきました。報道などでもこの「ヒートアイランド現象」の名前を頻繁に耳にします。そのため、夏の暑さが「ヒートアイランド現象だ!」と実感していらっしゃるのではないでしょうか。しかし、実は「夏の暑さ」=「ヒートアイランド現象」というのは大きな誤解なのです。これまでの数多くの研究から、ヒートアイランド現象は冬の晴れた日の夜から朝にかけて強くなることがわかっています。これを聞くと、「エッ!そんなはずはない!」と思われるかもしれません。そこで、実際の宇都宮のデータを見てみましょう。ここでは気温のデータとしてアメダス宇都宮とアメダス鹿沼を比較してみましょう。それぞれのアメダスの周辺の様子をGoogleマップで見てみると、さきほどと同様に土地の利用の仕方が大きく違うことがわかりますね。では、この2地点の夏と冬の気温を比較してみましょう。
アメダス宇都宮
アメダス鹿沼
最新のデータとして、2022年8月と2023年1月の1ヶ月平均の気温の一日の変化の様子を比べてみます。これを見て何に気がつかれるでしょうか。まず、気温が最も高くなるころの14-15時くらいを見てみると、夏も冬も宇都宮と鹿沼でほとんど変わらないことがわかります。そして、気温に差が出始めるのは16時くらいからであり、鹿沼の方が気温の下がり方が大きいことがわかります。また、その下がり方が冬の方が大きいことがわかります。
2022年8月を平均した気温の一日の変化
2023年1月を平均した気温の一日の変化
ヒートアイランド現象は冬が本番?
いかがでしょうか。これらのことをまとめると、先程お話したような「冬の晴れた日の夜から朝にかけて強くなる」ということがデータとしておわかりいただけるのではないでしょうか。そして、ここまでのことを理解していただけると、次の2つの疑問が浮かんでくるのではないでしょうか。
①ヒートアイランド現象にとって重要な要因は他にもあるのではないか。
②実際に感じる夏の都心の暑さは何によるのか。
最後にこの2点をお話したいと思います。実はヒートアイランド現象が強くなるかどうかは、都市と郊外の土地の使われ方の違いがもたらす「放射冷却」の度合いが異なることがキーになります。「放射冷却」は冬の天気予報などでも使われる用語なので、聞いたことがある方も多いかもしれません。放射冷却は身近なところでも発生しており、たとえば、熱した鍋が自然に冷えていくような現象も主に放射冷却で熱を外に出していることが要因です。
放射冷却自体は都市部でも郊外でも発生しています。しかし、都市部では、道路やビルが蓄えた熱の量が郊外よりも多いために、同じ放射冷却が起きていても郊外に比べてその効果が弱まることになります。これがグラフの16時以降に見られた気温の下がり方の違いをもたらしています。日中は放射冷却以上に太陽から受ける熱量の方が大きいために、両者の気温に差は生じませんが、日が傾き始めると放射冷却の効果が大きくなりはじめ、都市と郊外の差が顕著になっていきます。
「感じる温度」の多面性
ここまでで、ヒートアイランド現象にはビルや道路による蓄熱と放射冷却の効果を考えることで、正しく理解できることがわかりました。それでは、なぜ都市部の夏の日中は、気温自体は郊外とほとんど違いがないのに、厳しい暑さを感じるのでしょうか。これは、実は私たちが「感じる温度」は気温だけでなく、湿気や風、体に当たる日射などいろいろな要素で決まることが原因です。都心では、ビルなどによって風が吹きにくかったり、太陽からの日射だけでなく、ビルや道路からの照り返しもありますね。こうした影響をすべて含めた結果「体感温度」として、私たちは夏の日中の都心部は暑い!と思っています。そのため、最近では、熱中症の危険度を示す指標として、気温だけでなく、このようないくつかの要素を総合的に考慮した「暑さ指数」が発表され、これが25℃を超えると警戒する必要があるとされています。この情報は「環境省の熱中症予防情報サイト」からも簡単に得ることができますので、ぜひみなさんもご覧になってご自身の健康管理に役立ててください。
宇都宮 過去1週間データ(2023年7月21日~2023年7月27日)
引用:"熱中症予防サイト".環境省.https://www.wbgt.env.go.jp/graph_1w.php?region=03&prefecture=41&point=41277,(参照2023/10/02).
教育者としての思い
この記事を読まれたみなさんの多くは、「今までヒートアイランド現象をわかってなかった!」と思われたかもしれません。私は教育学部の教員ですので、子どもたちがどのくらいヒートアイランド現象を誤解しているのか、その誤解はどうしたら正せるのか、という点にも興味があります。そのため、大学生を対象に意識調査を行ったり、誤解を正すための教材の開発を行っています。意識調査の結果からは、大学生の多くがやはり誤解していることが明らかになりました。そこで、大学生を対象にヒートアイランド現象を実感できる観測実験教材を開発して授業で実施しています。この実験を通して、地面の様子の違いが大学構内のような小さな範囲でも気温差をもたらしていることを実感してもらうことができました。また、現在は、先程示した宇都宮と鹿沼のデータを使って、高校生が実際に自分でデータを分析することでヒートアイランド現象の特徴を発見することができるような「探究型」の教材の開発を学生と行っています。こうしたことを通して、教員を目指す学生にもヒートアイランド現象の正しい知識を持ってもらい、そのことを多くの子どもたちに伝えてもらうことで身近に起こっている都市の気候の変化にも目を向けてもらえればと思っています。
2023年5月に実施した宇都宮大学構内の気温測定の結果
(赤くなるほど相対的に高温、青くなるほど相対的に低温であることを意味します。
このような小さな範囲でも土地の利用の仕方の違いが気温の違いをもたらしています。)
瀧本 家康 (たきもと いえやす)
准教授
共同教育学部 学校教育教員養成課程
自然科学系(理科分野)
博士(理学)。専門分野は、地学教育、理科教育、自然地理学、気候学など。神戸大学附属中等教育学校教諭などを経て、18年より現職。学校現場での指導経験を活かして、ICTを活用した新たな理科教材の開発などを行っている。著書に『大学的栃木ガイド』(昭和堂)など。
※記事の内容、著者プロフィール等は2023年8月当時のものです。