2024年8月22日
はじめに
私たちの足元に広がる「土」――「土」の存在は当たり前すぎて、そもそも「土」って何なのか、どんな働きをしているのか、改めて考える機会もあまりないですよね。かくいう私自身も、大学で「土壌学」と出会うまで、それほど深く考えたことはありませんでした。でも、土は私たちの生活や食糧生産の基盤を支えてくれている、とても大事なものです。そんな重要かつ身近な存在でありながら、一方で、世界的に著名な国際学術誌「Science」に「ザ・ファイナル・フロンティア(最後の未開拓分野)」*1と紹介されるくらい、まだまだ未知のことが多い研究分野でもあります。この記事では、ちょっとお時間をいただいて、皆さんと一緒にそんな土を少し紐解いてみたいと思います。
~「土」って何だろう?~
1.「土」の文字が持つ意味は?
『「土」とは○○である』。そんな風に簡単・簡潔に説明できればよいのですが、これが意外と難しい。もしも学生から突然『「土」とは何ですか?』と質問されたら、土の研究者を自負する私も「ちょっと30秒考えさせて!」と思わず返事をしてしまいそうです。そこで、まずは文字の意味から『「土」とは何か?』を探っていきたいと思います。
上の図1は、「土」という漢字の成り立ちを示しています。中国漢代(西暦100年頃)に書かれた「説文解字」という書物によると、"「土」は生物を生み出すものの形象"であるとされています*2。また、近年の解釈では、上下の二本の横棒はそれぞれ表土層と底土層を表し、縦棒は地中から地上に伸びる植物を示すとされています*2。つまり、「土」という文字には、生命を生み出すものや育むものとしての意味が込められているのです。
一方、「土」には「土壌」という呼び方もあります。「土」と「土壌」、何が違うのでしょう?実は、「土」と「壌」はそれぞれ異なる状態の土を意味しています。およそ3,000年前に中国で書かれた「周礼」という本の注釈によると、「土」は"自然に植生を生じそれを支えている天然の培地"を指し、「壌」は"人が耕して作物を植える農耕地の土"のことを指すとされています*2。「壌」という漢字の右側のつくりには、混ぜ込む、耕すといった意味があり、柔らかい土のイメージです。昔の人々は、自然の土と農耕地の土を分けて考え、それらをあわせて「土壌」と呼んでいたのですね。
なお、近年では、「土」と「土壌」は厳密な区別なく用いられることが多くなっています。この記事の中でも、「土」と「土壌」は同じ意味として取り扱うことをご承知おきいただければ幸いです。
2.「土」は何からできている?
文字の意味からたどってみると、「土(土壌)」はどうやら単なる無機的な物質の固まりではなく、自然植生や作物を生育・生産させる力を持っているらしいということがわかりました。では、そのように植物の生育を可能にする「土」は、何からできているのでしょうか?
専門的な定義に照らし合わせて端的に言うと、『「土」とは、岩石が分解して細粒化したものと死んで変質した動植物が混ざったもの』を指します。図2の写真は、宇都宮大学附属農場の森林から採取した土壌です。写真の土を手に取って握ってみると、ふかふかして柔らかいことに気がつきます。成熟した森林土壌がふかふかしているヒミツは、土にたまった豊富な腐植(ふしょく)とたくさんのすき間にあります(図2)。土の主要な構成物質は、岩石が分解してできたごく小さな無機粒子で、砂>シルト>粘土とそのサイズによって分けられます。しかし、これらの無機粒子だけでは、たくさんのすき間を持つふかふかした土にはなりません。形も大きさも均一で小さなガラス玉を詰めたコップと、形が不ぞろいで大きさもバラバラなガラス玉を詰めたコップを比べると、後者の方がたくさんすき間ができますよね。土もこれと同じで、すき間をたくさん作るには、様々な形や大きさの土壌粒子が必要です。そこで活躍するのが、もう1つの主要な構成物質である「腐植(ふしょく)(土壌有機物)」です(図2)。この腐植(ふしょく)が接着剤としてはたらき、無機粒子と結合して色々なサイズの土壌粒子(団粒(だんりゅう))を作ります(図2)。団粒の形成は、土壌動物(ミミズなど)のはたらきによっても促進されます。様々な形やサイズの団粒が組み合わさることによって作られたたくさんのすき間には、空気や水が含まれています(図2)。また、土の中のすき間は、ミミズや微生物など土壌生物の住み処にもなります。こうして、岩石からできたごく小さな無機粒子と腐植(ふしょく)が混ざりあい団粒構造の発達が進むにつれて、植物の生育に必要な通気性や水分を保持できる土になるのです。
3. 腐植が多い土は黒くて肥沃?
植物がよく育つ「土」となるにはもう1つ、重要なポイントがあります。植物が育つために必要な栄養(養分)の供給です。土の養分供給のキーアイテムとなるのが、先ほど紹介した腐植(土壌有機物)です。
落ち葉などの植物遺体、土壌動物・微生物の遺骸や分泌物、(農地では)施用した堆肥などが微生物により分解され、その過程で起こる化学反応を繰り返した結果、形成される暗色不定形の有機物が腐植です。図3の写真は、森林土壌の表面を垂直に掘り、新鮮な落ち葉が次第に分解されて腐植に変化していく様子を示しています。微生物による分解作用を経て形成されるので、「腐った植物(腐植)」というわけです。
暗色不定形という呼称が示す通り、土にアルカリ溶液を加えて腐植を抽出すると、溶液の色は真っ黒になります(図4)。現場で色々な土を掘ってみると、腐植を豊富に含む土ほど黒色の濃い見た目をしていることがわかります(図5)。土がどのくらい濃い黒色をしているかという色彩の情報から、その土に含まれるおおよその腐植量を推定できるので、現場の土壌診断においても腐植量の判断基準として使われています。
腐植には炭素(C)ばかりでなく、植物の生長に必須な養分である窒素(N)やリン(P)も含まれています。植物は、腐植中の窒素やリンをそのまま吸収することができません。しかし、微生物によって腐植が分解されて、窒素やリンが無機イオンとなって土の中に放出されると、植物も吸収できるようになります。腐植は、植物の栄養源としての役割も持っているのです。これは、植物遺体や土壌動物の遺骸(いがい)など腐植になる前の新鮮な有機物も同様で、それらに含まれている養分元素は、微生物に分解されることによって植物に供給されます。つまり、腐植や植物遺体など有機物が多い土は、植物に対して栄養を供給する力が潜在的に高い土であるといえるのです。実際、図5の右から2番目、チェルノーゼムという土壌は「土の皇帝」とも呼ばれるほど肥沃な土で、世界の小麦の大生産地(ウクライナ、アメリカのプレーリーなど)となっています。(それなら1番右の黒ボク土は?と気になるところですが、黒ボク土の話はまた次回!)
4. 比べてみよう!身近な土の腐植量 [ミニ研究]
土の色だけでなく、もう少し実験的に土の腐植の量を調べてみたい!という方に。研究用試薬が手元になくても、市販のアルカリ電解水を使って簡単に、土の腐植量を大まかに比べることができます。
使用したアルカリ電解水は、溶液が無色透明で香料などをほとんど含んでいないため、土の腐植を抽出して溶液の色を比較しやすい身近な洗剤です。図6のように土とアルカリ電解水を容器に入れたら、ふたをしっかり締めて、手でよく振って混ぜます。振り混ぜた後、一晩静置してから溶液の色を観察してみましょう!さてはて、腐植が多い土はどんな土でしょうか?
(注:ご自宅以外の土を使われる際は、持ち主の方に許可を頂いてくださいね!)
(参考文献)
*1 "Soils, The Final Frontier", Science, Vol. 304, Issue 5677, American Association for the Advancement of Science, 2004. https://www.science.org/toc/science/304/5677
*2 久馬一剛氏著「土とは何だろうか?」,京都大学学術出版会,2005.
早川智恵 (はやかわ ちえ)
助教
農学部
生物資源科学科
博士(農学)。専門分野は、土壌学、環境農学、微生物学、生態学など。農業環境技術研究所(現・農研機構)特別研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、2019年より現職。持続的な農業生産と環境保全の両立について、土壌有機物の視点から研究に取り組んでいる。著書(分担執筆)に『Land-use Change Impacts on Soil Processes: Tropical and savannah ecosystems』(CABI publisher)*など。
* Andrew D. Thomas, Francis Q. Brearley (Eds.): Land-use change impacts on soil processes: Tropical and savannah ecosystems, CABI publisher, ISBN 13p : 9781780642109, 担当部分:Chapter 6 Acidification of tropical soils under forest and continuous cropping in Thailand and Indonesia (pp 55-71), 全17ページ, 2015, Kazumichi Fujii, Chie Hayakawa, Shinya Funakawa, Takashi Kosaki.〔分担執筆〕
※記事の内容、著者プロフィール等は2024年8月当時のものです。