2023年11月6日
100円のペンと1枚7円のカードで出来ること
~小学校3年生の時の転換点~
人生の転換点は幾つかありますが、私の「原点」となる転換点は小学校3年生の時にあります。
私は本好きな子供でした。家計の都合上、本を沢山買ってもらうことは難しく、私が読む本はもっぱら小学校の図書室で借りた本でした。小さな町で育ったので、小学校の図書室でさえ私には貴重な知の空間でした。
「どんなに気に入った本でも期日には手放さねばならない」と残念がる私を見て、母は私に、読んだ本の記録を手元に残すよう勧めてくれました。母が差し出したのは100枚入りで700円程の、B6サイズの「情報カード」です。
・1冊の記録に1枚のカードを使う
・カードの表に、読み終えた日付、著者名、タイトル、出版社、出版年、全体のページ数を記録する
・カードの裏に、本の内容や感想を書く
・長期保管するカードなので、文字が消えないよう黒ボールペンで書く
母も大学時代には同じ方法で読書記録をつけていたようで、書斎に保管されていた当時のカードを見ながら書き方を教えてくれました。
記録をつけ始めてから、私は本の返却時に喪失感を抱かなくなりました。たった100円のペンと1枚7円のカードで、これだけ自分の世界が広がることに感動を覚えました。私の机には、カードを綴じたファイルが並ぶようになりましたが、人に見せる理由も無かったので、家族にも友達にも読書カードのことは話しませんでした。母にとっても、私に読書記録を勧めたことは何気ない日常の1コマだったらしく、私のカードファイルの中身は確認しなかったようです。
読書記録の習慣は大学生になっても続き、研究者としての私の蓄積へと自然に繋がりました。大学生の時に、私がこれまで読書記録をつけていたことを母に伝えると仰天されました。大学院時代には紙のカードから文献管理ソフト使用に切り替え、現在に至ります。
他人に見せるためではなく、自分のために文章を書く習慣を子供時代に持てたことは貴重な経験でした。現代のSNS投稿文が他人に見せるための文章だとすれば、読書カードの裏面に書く感想は、その対極に位置する文章かもしれません。自分のために言葉を紡ぎ出す習慣は、自分自身の内省を深めるだけでなく、他者から紡ぎ出された言葉をしっかり尊重していくためにも、大事なことのように思います。研究者としての今の私につながるような習慣を持てたことが、私にとっては大きな転換点となりました。
槙野准教授が大学1年生のときに記録していた情報カード
槙野 佳奈子 (まきの かなこ)
准教授
国際学部
フランス国立レンヌ第2大学大学院博士課程修了。博士(フランス文学)。専門分野は19世紀フランス文学・思想史。著書に『科学普及活動家ルイ・フィギエ : 万人のための科学、夢想としての科学』(単著、水声社、2023年)、訳書に、レジス・メサック『「探偵小説」の考古学』(共訳、国書刊行会、2021年)がある。
※記事の内容、著者プロフィール等は2023年11月当時のものです。